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東京地方裁判所 昭和55年(ワ)8734号 中間判決

原告 大熊トキ子 外一三名

被告 ザボーイングカンパニー

主文

本件は日本国裁判所の管轄に属する。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告大熊トキ子に対し金一九〇七万円、同大熊淑子に対し金一七九七万円、同吉田雅子に対し金一七九七万円、同三浦栄子に対し金二〇七七万円、同三浦芳文に対し金一三一二万円、同三浦なを子に対し金一三一二万円、同品川久子に対し金一三一二万円、同田中初美に対し金一六八三万円、同田中洋子に対し金一五七三万円、同田中悟子に対し金一五七三万円、同林トキに対し金三八一四万円、同橋本八重子に対し金三〇五一万円、同福吉キワに対し金三八一〇万円、同鵜川岩雄に対し金三三五三万円及び右各金員に対する昭和三九年九月一一日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告の本案前の申立

1  本件訴をいずれも却下する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  本件事故の発生

航空自衛隊救難群芦屋分遣隊所属のH-二一・B型、〇二-四七五五号機(以下本件ヘリコプターという。)は、昭和三九年九月一〇日午前九時五七分ころ福岡市板付飛行場を離陸し、山口県見島分屯基地に向つて飛行中、九時五九分ころ福岡県粕屋郡粕屋町柚須(板付飛行場の北約四キロメートル)上空高度六〇〇フイートにおいて、後部ローターのブレード一枚が飛散し、そのため後部ローターの他の二枚のブレードも破損した結果、機首を上に後部胴体が垂直に下つた姿勢で水田に墜落した(以下本件事故という)。その結果本件ヘリコプターに乗つていた大熊智、三浦貞二、田中醇輔、林暉、橋本敦、福吉勝支、鵜川健ほか一名の合計八名が死亡し、ほか一名が重傷を負つた。

2  本件事故の原因

本件事故は、本件ヘリコプターの後部ローターのブレードの一枚が飛行中飛散し、これにより他の後部ローターブレード二枚も破損した結果生じたものである。そして最初のブレードが飛散した原因は、ブレードの支柱を差し込み固定するための筒型の器具である金属ソケツト(以下本件ソケツトという。)にツールマークと呼ばれる製造過程における切削工具による微細な疵が存在し、これに応力が集中した結果本件ソケツトが疲労破断するに至つたためである。ブレードは回転することによりヘリコプター全体を空中に保持するものであるからブレードを支持する右金属ソケツトに極めて多大の応力、振動が加わることは当然である。従つて右金属ソケツトは、その応力・振動に耐えうるように設計されなければならないし、またその切削過程においてツールマークがあると応力が集中し疲労破断を生ずるものであるから、ツールマークが残らないように切削するとともに、精密に検査しツールマークがある金属ソケツトを排除しなければならない。従つて本件事故が、本件ヘリコプターの製造会社が製造過程において払うべき注意義務を怠つた過失により発生したものであることは明らかである。

3  被告の責任

本件ヘリコプターと同一型式のH-二一・B型機は、昭和三〇年一一月から昭和三三年一月までの間に一六三機がバードル エアクラフト コーポレーシヨン(以下バードル社という。)によつて製造され米空軍に引渡されていた。航空自衛隊にはそのうち一〇機が米空軍から昭和三五年に譲渡されたもので、本件ヘリコプターは右の一〇機のうちの一機である。

被告は、昭和三五年三月三一日付で右バードル社の営業を譲受け、その時点においてバードル社の有するのれん、工場設備、特許権等の資産及び債務の一切をほぼ現状のまま承継し、以後ヘリコプターの製造を行つている。右の被告によるバードル社の右取得は事実上の合併とみなすべきであるから、被告は本件事故から生じる損害賠償責任をもバードル社から承継したものといわなければならない。

4  損害

(一) 逸失利益

(1)  本件事故当時、亡大熊智は四五歳、亡三浦貞二は四一歳、亡田中醇輔は三八歳、亡林暉は二六歳、亡橋本敦は二七歳、亡福吉勝支は二四歳、亡鵜川健は二四歳のいずれも男子であり、各六七歳まで就労可能であるものとしてそれぞれの逸失利益を算出すると、亡大熊智は別表2の1・2のとおり合計金四〇〇二万九四九九円、亡三浦貞二は別表3の1・2のとおり合計金四四六九万七三一二円、亡田中醇輔は別表4の1・2のとおり合計金三三九〇万一六四七円、亡林暉は別表5の1・2のとおり合計金四四五二万四一一九円、亡橋本敦は別表6の1・2のとおり合計金六八二三万四八八八円、亡福吉勝支は別表7の1・2のとおり合計金四四四六万五八六二円、亡鵜川健は別表8の1・2のとおり合計金三八二四万〇五四七円となる。

(2)  亡大熊智の逸失利益の損害賠償請求権について、原告大熊トキは妻としてその三分の一、同大熊淑子及び同吉田雅子は子として各その三分の一を、亡三浦貞二の逸失利益の損害賠償請求権について、原告三浦栄子は妻としてその三分の一、同三浦芳文、同三浦なを子及び同品川久子は子として各その九分の二を、亡田中醇輔の逸失利益の損害賠償請求権について、原告田中初美は妻としてその三分の一、同田中洋子及び同田中悟子は子として各その三分の一を、亡林暉の逸失利益の損害賠償請求権につき、原告林トキは母としてその三分の二を、亡橋本敦の逸失利益の損害賠償請求権について、原告橋本八重子は母としてその三分の一を、亡福吉勝支の逸失利益の損害賠償請求権について、原告福吉キワは母としてその三分の二を、亡鵜川健の逸失利益の損害賠償請求権について、原告鵜川岩雄は同人の父としてその三分の二を、それぞれ相続により取得した。原告らの右取得した金額は、別紙請求額一覧表のうち逸失利益、相続による取得分欄記載のとおりであるが、そのうち一万円未満を切捨てて、請求金額とする。

(二) 慰謝料

原告らが亡大熊智らの死亡によつて受けた精神的苦痛に対する慰謝料としては、原告らそれぞれにつき別紙請求額一覧表の慰謝料欄記載の金額が相当である。

(三) 弁護士費用

原告らは、弁護士佐伯幸雄及び同浅井利一に本訴提起を委任し、各自別紙請求額一覧表の弁護士費用欄記載の金額をその費用として支払うことを約した。

(四) 損害の合計

以上を合計すると、原告らが被告に対して賠償を請求しうる損害の額は、それぞれ別紙請求額一覧表の損害額合計欄記載の金額となる。

5  よつて、原告らは、被告に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、それぞれ請求の趣旨記載の金員の支払及び右各金員に対する本件事故の発生した日の翌日である昭和三九年九月一一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告の本案前の主張

1  被告は、日本国内に営業所その他何等の施設をも有しない外国法人であるから、本件訴について日本の裁判所は一般管轄権を有せず、本件訴は管轄権なしとして却下されるべきである。

2  渉外民事訴訟の国際裁判管轄については、いまだ確立された国際民事訴訟法上の原則はなく、また日本国にも、成文法上の規定がないから、国際民事訴訟法上の基本理念としての条理に基いて決定すべきであり、裁判を適正・公平かつ能率的に行うという裁判一般についての基本理念からして、結局個別的に各訴について、いかなる国の裁判所に裁判管轄を認めるのがその裁判を適正・公平かつ能率的に行うのに適しているかを考慮することにより、すなわち具体的には、証拠収集の便宜及び当事者双方の利害の比較考量により決定されるべきものである。

3  本件訴においては、証拠収集の便宜及び当事者の利害の比較考量という点のいずれからしても、日本の裁判所に管轄を認めるべきではない。

(一) 証拠収集の便宜

本件訴における原告らの主張を要約すると、本件事故の原因は、本件ヘリコプターの製造者であるバードル社の製造中の過失によるものであり、被告が右バードル社の責任を引継いだというものである。

右バードル社に製造者としての過失が有つたか否かを判断するにあたつては、本件ヘリコプターの製造工程の具体的調査が必要である。そのためには、製造工程において使われた設計図または製造指図書等の多くの資料の検討や当該製造工程に従事した技術者の証人尋問等が必要となるであろう。さらに被告がバードル社の責任を引継いだか否かについては、両者の間の営業譲渡に関する契約書その他の文書の検討のほか、右営業譲渡契約の準拠法についての調査が必要である。これらの点についての資料は、いずれも本件ヘリコプターの製造地であり、かつバードル社及び被告の本社がある米国に存在する。従つて、証拠収集の便宜という点からは、本件訴訟の証拠調は米国で行う方が適切である。原告らは、本件証拠物は日本の航空自衛隊に存するから証拠収集の便宜という点からも日本に管轄を認めるべきであると主張するが、本件においては原告らの援用する自衛隊の事故調査委員会の調査はすでに終了しているのであるから、審理はこれに対する被告側の反証を中心に行われることが予想され、そうだとすると、前述のように製造工程において使用された多くの資料(設計図または製造指図書等)の検討のほか、当該製造工程に従事した技術者の証人尋問等が中心となると考えられる。従つて、前述のように、証拠収集の便宜という点からは、本件証拠調は米国で行う方が適切である。

なお、原告は、航空自衛隊の事故調査委員会の調査に被告のライセンス会社である訴外川崎重工業株式会社が協力しているので、被告も右調査に関与していると主張しているが、被告は川崎重工業株式会社が右調査に協力したか否か知らないし、仮に同社が調査に協力したとしても、同社と被告とは別の企業体であり、被告が右調査に関与したということはできない。

(二) 原告らの利益

原告らにとつて、米国で訴訟を提起するよりも日本で提起する方が容易であることは理解できるが、米国で訴を提起することは事実上不可能であるとは思われない。

(三) 被告の利害

国際裁判管轄の決定にあたつては、その土地で提起された訴訟に応訴しなければならないことになる被告の不利益が十分考慮されなければならない。特に本件の場合、製造者にとつて本件事故発生地である日本は全く予想しえない土地であるので、日本の裁判所に管轄を認めるべきではない。本件ヘリコプターは、軍用機として米軍に供給されたものであり、その製造者であるバードル社は、その製造の時点においては本件ヘリコプターが日本で使用されることは全く予想しえなかつたものである。なお、原告らは、被告がその製造にかかる多数の航空機を日本の民間航空会社に製造販売しており、また本件ヘリコプターと同機種のヘリコプターを日本の自衛隊に納入しているので、被告にとつて日本は予測しえない土地ではないと主張するが、事故発生地である日本が予測しえない土地であつたか否かは当該製品の製造時点においてその製造者(本件ではバール社)が予測しえたか否かによつて判断すべきであり、被告は本件ヘリコプターの製造者ではないから、本件訴について裁判管轄の問題を決定するについては、原告らの主張するような被告と日本との関係を考慮することは妥当ではない。

4  原告らは、本件訴に関する裁判管轄の決定について、日本国民事訴訟法第一五条第一項を参酌すべきであり、同条にいう不法行為地には結果発生地が含まれると主張するが、右主張には次の疑問がある。

(一) 第一に、そもそも本件において訴求されている製造物責任が不法行為の分野に属するか否か疑わしいし、仮に不法行為に該当するとしても伝統的な不法行為責任とは全く異なるものであるから、民事訴訟法第一五条第一項は本件訴訟についての参考とはならない。

(二) 第二に、国際裁判管轄の問題は、国内における土地管轄の問題とある程度共通性を有するもののそれとは根本的に異なるものである。すなわち国内の土地管轄の規定は、同一国家の裁判機関の間の分担の問題であるのに対し、国際裁判管轄の問題は、歴史、法律、言語等を異にする諸国家の間の分担の問題である。従つて、国際裁判管轄の決定においては、国内の土地管轄の規定とは違つた考慮を払う必要がある。たとえば、国内においては移送という制度により被告の不利益をある程度緩和することもできるが、国際裁判管轄の場合は一旦日本に管轄ありとした以上、公益ないし公平の見地から国外のより適当な裁判所に移送するということはできない。

(三) 第三に、本件の如き人身損害に対する損害賠償を求める訴訟については、単なる事故発生地は国際裁判管轄の発生原因として必ずしも適切ではないと主張する考えが有力である。現に「民事及び商事に関する外国判決の承認並びに執行に関するハーグ条約」は、人身損害につき事故発生地の管轄が認められるためには、行為者がその当時その国に所在していることを要求しているが、これによれば、本件事故発生当時日本に所在していなかつたことが明らかな被告に対する本件訴が日本国の裁判管轄に服するいわれはないものといわざるをえない。

以上の理由により、国際裁判管轄の決定にあたつては、日本国民事訴訟法の土地管轄の規定によることなく、もつぱら国際民事訴訟法の基本理念としての条理によるべきである。

5  仮に以上の主張に理由がないとしても、原告らは、日本が不法行為の結果発生地である事実、すなわち、バードル社の製造した本件ヘリコプターに欠陥があつたことによつて本件事故が発生したこと及び本件事故による右バードル社の責任を被告が承継したことについて一応の立証をしなければならない(外国法人たる被告としては、本案の当否を争つて理由のない訴訟に勝訴する利益を有するほかに、原告らの根拠の薄弱な立証に基づいては日本国の裁判権に服しないという利益をも有しているものというべきであるから、国際裁判管轄の有無を決定する場合には、国内管轄決定の場合に比べて、その管轄取得の根拠についての立証はより高度でなければならないと解すべきである。)。

ところが第一に、本件ヘリコプターはバードル社(製造当時の商号はピアセキ ヘリコプター コーポレーシヨン)が一九五五年(昭和三〇年)一〇月七日米空軍に納入したものであるが、原告らが本件事故の原因をなしたものとして主張する本件ソケツトは、訴外パーソンズ コーポレーシヨン(以下パーソンズ社という。)が米空軍との契約に基づき、その下請であるライカミング スペンサー社(以下ライカミング社という。)に製造させたものであつて、パーソンズ社はこれにバードル社との間のライセンス契約に基づいて自ら製造したローターブレードを組込み、同様のブレードソケツト二組とともに一セツトとして一九五六年(昭和三一年)二月四日予備部品として米空軍に供給したものである。その後右ソケツトはパーソンズ社によつて二回オーバーホールされ、航空自衛隊に譲渡された後、訴外新明和工業株式会社が小修理をなしている。このようにバードル社は、右ローターブレードソケツトのセツトの製造、供給、オーバーホール、修理、取付において何ら関与していないから、バードル社は本件事故と無関係であり、従つて、他に被告と日本とを結びつける人的物的関連性のない本件につき日本国裁判所が管轄権を有しないことはいうまでもない。

第二に、被告は一九六〇年(昭和三五年)三月三一日バール社の営業を譲り受け、その時点において同社の有する債権債務の全てを譲り受けたが、その際同社の将来発生するかもしれない債務を被告が承継する旨合意した事実はない。しかるところ、本件事故はその後である昭和三九年九月一〇日に生じたものであるから、原告らの訴求する本件損害賠償請求権も右事故発生の時点において生じたものというべく、従つて右営業譲受の時点では生じておらず、かつ、その発生を合理的に予見することはできなかつたものである。よつて、仮に本件事故によりバール社が損害賠償債務を負担するものとしても、被告がこれを承継することはありえない。

以上のとおり原告らは、右各諸点(バール社の損害賠償責任及び被告の承継)についていまだ一応の立証をなすに至つていないから、日本国裁判所は本件訴については裁判管轄権を有しない。

三  被告の本案前の主張に対する原告の主張

1  渉外民事訴訟の国際裁判管轄については、いまだ確立された国際民事訴訟法上の原則はなく、また日本法上にも明文の規定がないから、被告の主張するように結局は国際民事訴訟法の基本理念としての条理により決定すべきである。そこで右管轄地の選択・決定にあたつては本件訴の訴訟物の性質と、裁判の適正、公平かつ能率的運営という国際民事訴訟法の基本理念としての条理により決定されなければならない。

2  本件の訴訟物はいわゆる製造物責任に基づく損害賠償請求である。これに商品の製造によつて利益を得る者は、その製造した商品によつて他人に与えた損害を賠償すべきであるという報償責任としての性質と、当該商品に内在する欠陥によりこれを利用する者の生命身体に危険を及ぼすおそれのある商品を製造した者は、その欠陥から生じた損害を賠償すべきであるという危険責任としての性質との両者を包含する一種の不法行為責任であり、伝統的な不法行為責任とは全く異なるわけではない。

3  不法行為に関する裁判管轄の決定については、証拠収集の便宜、被害者の起訴の便宜、加害者についての予測との一致等の条理及び日本国民事訴訟法の土地管轄に関する規定を参酌してこれを決定するのが相当である。けだし、日本国民事訴訟法の土地管轄に関する規定は、条理を基準として形成されたものと解することができるからである。被告は、国際裁判管轄の問題と国内における土地管轄の問題とは根本的に異なるものであり、その例として国際裁判管轄における移送制度の欠如をあげ、国際裁判管轄の決定にあたつては、日本の民事訴訟法の土地管轄の規定を参酌すべきではないと主張するが、裁判管轄権の配分は、民事訴訟法の一般理念たる適正・公平かつ能率的な裁判運営が何れの裁判所に期待できるかの問題であるから、国内土地管轄の問題と、国際裁判管轄の問題とは理念的には全く同一の条理に従うべきものであつて、両者が根本的に異なるものではない。また、移送に関し制度が確立していないのは確立した国際民事訴訟法がないからであつて、このことは国際裁判管轄が全く別個の条理により支配されるべきであるという根拠にはならない。

4  本件訴について参酌されるべき規定は、日本国民事訴訟法第一五条第一項であり、同項は「不法行為ニ関スル訴ハ其ノ行為アリタル地ノ裁判所ニ之ヲ提起スルコトヲ得」と規定しているが、裁判管轄の決定にあたつての条理としての証拠収集の便宜、原告の便宜、加害者の賠償についての予測及び当事者の公平という諸点を考慮し、以下に述べる事実により、不法行為地に結果発生地を含めるのが相当である。

(一) 証拠収集の便宜

本件事故については、本件ヘリコプターを使用していた航空自衛隊の事故調査委員会の調査がなされ、その結果、本件事故の直接的原因は、ローター・ブレード・ソケツトの破断の結果であり、右破断は本件ソケツト内側段違い部分に応力の集中を避けるためにつけた曲面に製造上の過失によりツール・マークが存在し、そこに応力が集中したために破断したことが明らかにされているし、その証拠物は航空自衛隊にある。

なお、右調査には被告のライセンス生産会社である川崎重工業が全面的に協力しているので、被告も直接・間接に右調査に関与しているというべきである。

(二) 当事者の公平

原告らが、本件ヘリコプターの製造地である米国に訴を提起しなければならないとすると、それに要する費用と労力は莫大であつて、資力のない原告らは被告に対する訴訟を事実上断念せざるをえなくなる。これに対し被告は、巨大な資本を有して航空機を製造し、これを世界的規模で販売して巨額の利益を得ているのであるから、被告が本件訴の裁判を日本の裁判所で行うことは、被告に対しそれ程不当に不利益を強いるものではない。ちなみに被告は、ボーイング七二七、七四七を多数日本の民間航空会社に製造販売し、また本件ヘリコプターと同機種についても現在は川崎重工業とライセンス生産し、自衛隊に納入している。

(三) 加害者の賠償についての予測

被告は、軍需用・民需用の航空機の製造を業とする大資本の会社であり、その製造にかかる軍需用航空機が米国空軍の供与により日本の航空自衛隊において多数運航されていること、航空機に欠陥がある場合における人的事故の発生は航空機の性質上不可避なものであることからして、本件事故の結果発生地である日本が、被告の全く予想しえない隔絶した土地であるということはできない。

また、米国は自国内の航空機生産会社から購入した軍用機について、戦後、ドイツ、日本に対し有償・無償の供与をなし、これをうけてバール社あるいは被告は同社従業員を日本に派遣してその製造にかかる航空機の性能の説明を行い、整備及び部品の供給をなしてきた。従つて被告がその製造にかかる航空機が日本で使用されることを予測できなかつたとの主張は認めがたい。

5  被告によるバール社の取得は、事実上の合併とみなすべきである。そして被告は、昭和三五年三月三一日の取得の時点においてバール社の工場設備、のれん、特許権等の全ての資産と債務を承継したのであるから、将来発生すべき製造上の責任から生ずる債務をも承継したものといわなければならない。

また右取得の際には、本件ヘリコプターと同機種の航空機は現役の航空機として使用されており、被告はその修理・部品供給業務を承継しているのであるから、このような場合、右航空機がその耐用年数の間の使用中において何らかの製造上の欠陥から墜落し被告が損害賠償責任を負うことがあることは当然に予測される事実であるから、被告は承継時点の債務のみならず、将来発生すべき製造上の欠陥により生ずる損害賠償債務をも負担したとみるのが当然の帰結である。ことに本件では、被告はバール社の業務の全てを承継し、ボーイング・バール・カンパニーと称してバール社の承継者であることを明らかにしており、また右承継により本件ヘリコプターから発展して製造されているバール一〇七ヘリコプターを多数製造し、日本を含む各国に供給して利益をあげているのであるから、被告は、将来の製造上の責任を承継したとみるのが公平の論理の帰結である。

6  自動車・航空機は各種部品から成り立ち、それぞれの部品の製造者と、これを組立て製造する製造者とは異なるのが通常である。このように部品の製造者と組立製造者とが異なる場合、欠陥部品により事故が発生したときは、全体の組立製造者がその責任を負うのが当然である。

仮に本件ソケツトが、被告主張のように、パーソンズ社がライカミング社に下請生産させたうえこれを米空軍に供給したものであるとしても、これはバール社との間の実施許諾契約に基づき、バール社の設計、指示、指導のもとに製造されたものである。よつて、本件ソケツトがその耐用年数の間に前記のとおり破断して本件事故を惹起した以上、バール社ひいて被告には、本件ソケツトについて設計上の過失があつたものというべきであり、然らずとするも本件ソケツトの耐用時間(一五〇〇時間)についての明示の保証責任の違反による責任あるいは製造実施許諾者としての責任を負うものというべきである。

7  以上のように、証拠収集の便宜、被害者の起訴の便宜、加害者の賠償についての予測との一致等の条理及び日本国民事訴訟法の土地管轄に関する規定を参酌すると、本件訴についてわが国に国際裁判管轄を認めるべきである。

第三証拠〈省略〉

理由

一  被告は、本案前の抗弁として、日本国裁判所は本件訴について裁判管轄権を有しない旨主張するので、以下この点について判断する。

二  弁論の全趣旨によれば、被告がアメリカ合衆国デラウエア州法に基づいて設立され同国ワシントン州に本店を有するいわゆる外国法人であることが認められる。

このように外国法人を当事者とする、渉外的要素を有する民事訴訟についての国際裁判管轄については、これを直接規定する法規もなく、また、よるべき条約も一般に承認された明確な国際法上の原則もいまだ確立していない現状のもとにおいては、当事者の公平、裁判の適正・迅速を期するという理念により条理に従つて決定するのが相当である。そして、わが国民事訴訟法の土地管轄に関する規定に定められている裁判籍のいずれかが日本国内にあるときは、特段の事情のない限り、日本国裁判所に管轄権を認めるのが、右条理に適うものというべきである。

三  ところで、原告らの本訴請求の要旨は、その主張によれば、バール社製造にかかる本件ヘリコプターに着装されていた本件ソケツトが破断し、これに差込まれていたローターブレードが飛散した結果本件ヘリコプターが墜落し、そのためにこれに乗務していた原告らの被相続人らが死亡するに至つたことに基づく損害賠償債務を被告がバール社から承継したのでその支払を求めるというにあるところ、右請求原因に基づく原告らの本訴請求が、民事訴訟法第一五条第一項にいうところの「不法行為ニ関スル訴」に該当することは明らかといわなければならない。そして同項にいう「其ノ行為アリタル地」いわゆる不法行為地には、加害行為のなされた土地のみならずそれに基づく損害の発生した土地も含まれるものというべきである。

四  よつて日本が右不法行為地にあたるか否かの点について検討するのに、成立に争いのない甲第二号証の一・二、同甲第三号証の一・二、同甲第七号証の一・二、同甲第一〇号証の一、同乙第一号証の一の一、同乙第一号証の二ないし四、同乙第一号証の五の一及び弁論の全趣旨によれば、本件ヘリコプターはバール社が製造して一九五五年(昭和三〇年)一〇月七日に米空軍に納入し、米空軍がこれを一九六〇年(昭和三五年)七月二〇日航空自衛隊に供与したものであること、その後本件ヘリコプターは昭和三九年九月一〇日日本国内である福岡県粕屋郡粕屋町柚須において飛行中墜落したこと、その結果右ヘリコプターに乗務していた原告らの被相続人である大熊智、三浦貞二、田中醇輔、林暉、橋本敦、福吉勝支及び鵜川健が死亡したこと、右墜落は本件ヘリコプターに着装されていた本件ソケツトが破断しこれに差し込まれていたローターブレードが飛散した結果生じたものであること、被告は一九六〇年(昭和三五年)一月一八日付のバール社との契約に基づきバール社の実質的に全ての資産及び債務を承継し、その対価として被告の株式をバール社に対して発行し、バール社の株式はその分配を受けたこと、バール社はその後解散したこと、以上の事実が認められたことを覆すに足りる証拠はない。これによれば、バール社の製造にかかる本件ヘリコプターがその部品の破断を原因として日本国内で墜落し原告らに損害を生ぜしめ、かつ被告は右事故によりバール社の負担に帰せられる可能性のある損害賠償債務をバール社から承継した疑いがあるものというべきであるから、バール社ひいては被告の不法行為により日本国内において原告らに損害が生じたものとして、日本は不法行為地にあたり、従つて民事訴訟法第一五条第一項による裁判籍が日本国内に存することとなる。

なお、被告は、原告らは本件事故がバール社の製造にかかる本件ヘリコプターの欠陥により発生したものであること及び右事故によるバール社の責任を被告が承継したことについて一応の立証をすべきところ、本件事故の原因になつたと原告らが主張する本件ソケツトはパーソンズ社がライカミング社に下請生産させたうえこれを米空軍に納入したものでバール社はその製造、供給、オーバーホール等に何ら関与していないから、本件事故に無関係である旨、及び、被告によるバール社の取得は営業譲渡という形をとつたものであり、その際被告は本件事故によるバール社の債務を含む将来生ずべき債務をバール社から承継する旨合意した事実はないから被告が右債務を承継することはない旨主張している。

なるほど、当裁判所も、裁判管轄の存否については、本件の如く管轄原因たる事実と請求原因事実とが符合する場合であつても、原告の主張のみによつてこれを肯定し被告に実体審理についての応訴の負担を負わしめるのは相当ではなく、管轄原因についての一応の証拠調をなしたうえこれを判断すべきものと考える。しかしながら、その際明らかにされるべき点は管轄原因としての「不法行為地」が日本国内に存するか否かということであつて実体法上のそれではないのであるから、裁判所としては被告の行為により日本国内において原告らに損害が発生したことについてたかだか実体審理を必要ならしめる程度の心証を懐くに至つた場合には、右管轄原因の証明ありとして管轄を肯定して差し支えないものというべきである。そこで本件についてこれを見るのに、前記認定の事実によれば管轄原因としての不法行為地が日本国内に存することを十分に認めることができる。

五  右の如く民事訴訟法の規定による裁判籍が日本国内に存する場合であつても、当該事件をわが国の裁判所で審理した場合に、当事者の公平、裁判の適正、迅速を期するという民事訴訟の基本理念に著しく反する結果をもたらすであろう特段の事情が存するときは、例外的に右裁判籍によるわが国裁判所の管轄を否定するのが相当であるものと解すべきであるので、以下右特段の事情の存否について検討することとする。

そこで審案するのに、なるほど弁論の全趣旨により認められる本件ヘリコプター及び本件ソケツトがいずれも米国内において製造され米空軍に供給されたものであるとの事実及び被告及びバール社がいずれも米国法により設立され米国内に本店を有する法人であるとの事実によれば、わが国の裁判所で本件を審理した場合被告の防禦活動及び証拠調に若干の不都合をきたすことも予想されないではない。しかしながら、弁論の全趣旨によれば、被告は全世界を自由に航行しうる航空機の製造等を業とする大資本の会社であり、また、同じく航空機等の製造・販売を業とする被告の全額出資小会社であるボーイング インターナシヨナル コーポレーシヨンが支店を日本に設置していること、原告らは不法行為地である日本国内に住所を有していること、本件事故発生後航空自衛隊の事故調査委員会により墜落原因の調査が行われていること、以上の事実が認められるのであつて、右の事実に照らせば、わが国裁判所で本件を審理することが、必要な防禦の機会を奪われる程の不利益を被告に課するものとは認め難く、また証拠調について裁判の適正、迅速を害する程の不都合を生じさせるものとも言いがたい。

以上のほか右特段の事情を認めるに足りる事実は存しないから、結局右特段の事情は認めがたいものといわざるをえない。

六  よつて、日本国裁判所は本件訴について裁判管轄権を有しないとの被告の本案前の抗弁は、結局理由がないというべきであるから、主文のとおり中間判決する。

(裁判官 村重慶一 宗宮英俊 藤下健)

別紙請求額一覧表〈省略〉

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